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ケチと実益を天秤にかけて贅沢を

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はるばるすっぴんぶろぐにお越しくださいましてありがとうございます。

ミニマパッカーの吉永けいと申します。

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伝えたい事

このブログは超ネガティブで頑固で完璧主義だった私が、逃げ出した初めての海外旅行をきっかけに「生きるって生きることか」というシンプルな答えに気が付き、もっと身軽に!適当に生きていこうと決めた人が書いています

今を生きるのがつらい人へ

  • 自分に必要なものを見極めて
  • もっと自分の為だけに生きていこうよ
  • もっと適当に肩の力抜いて生きていこうよ
  • 他力本願に生きていこうよ
  • 前なんてむかなくていい

と伝えたいブログです。

バックパッカーとミニマリスト

一応管理人は元バックパッカーでその影響でリュックサック一つの生活が忘れられず、最近はミニマリストと融合させてミニマパッカーなんて名乗ったりしています

特に力を入れてるミニマム化は出費と思考(ストレスフリーに人生かける)

ミニマパッカーとは

私が作った造語です。

「質の良い丁寧なシンプルな暮らし」より「いかに楽に無駄なものは排除」するかを考えるのが特徴

うまく説明できないけど、環境にいいことも、体にいいことも大好きで、成分とか調べちゃう神経質な部分があるけど、そんなこと気にするよりも、もっとありのまま生きるために必要最低限思考でバックパッカーのようにあるもので暮らし、自由を愛、、する称号ですか?(疑問形)

つ、つまり、「ズボラで、がさつで、脱いだものはそこにおいて置くし(労力のミニマム化)、洗濯物はたたまないし(労力の以下略)、出費もミニマムに、思考はシンプルに、環境にいいものがいいけど、それを探すくらいなら近くのスーパーで見つけた最安値を買う方が”必要最低限思考”だよね?あとは、リュックサック一つのバックパッカーにもう一度なれた最高」と言った感じです。

迷った時は「自分が生きるための必要最低限」を基準に判断します。

でも憧れは、きれいで高機能で多機能なものに囲まれて物が少なくお気に入りのものに囲まれた生活です

でもそれってお金がかかります

そんなどっちつかずな視点で書いてるので、いきなりお金をかけた体にいいこと始めたり、いきなり「そんなの死にはしないよ」とどうでもよくなったりします

どっちも私なので正直に書きます

ミニマパッカーなキャラ

ちょっと違うけど、イメージしてもらうのに一番いいのは小説キノの旅のキノです。

キノは、生きるために生きています。

自分が生きるためには躊躇なく人も動物も殺します。

きれいごとだって最低限

でも殺すのも必要最低限、荷物も、優しさも、思いやりも最低限。

冷徹さも、言葉も必要最低限。

その時その時の必要最低限のものだけをバイクにくくりつけて旅しています。

髪だってボサボサです。生きるために髪をとかす必要はないです。そしてやはり、ケチです

そんな感じで「たくましいミニマリストを目指す」=ミニマパッカー。なんてどうだろ?(今考えた)

管理人:吉永けい

ブログタイトルと合わせてわかりやすくすっぴんと名乗っています

2016年12月名前を変えました、「すっぴん」から「吉永けい」です

健康って言葉に弱いです。「素肌の健康」「内臓の健康」とか。

コスメや美容も「素肌」や「身体本来の」という視点に弱いです

あとは、なんにでも「意味」を求めてしまう癖があります

一般カテゴリ:30代主婦/妊婦/めんどくさがり/一人っ子/鼻炎/ニキビ

ブログカテゴリ:楽な生き方/ミニマリスト/ズボラ/旅

人間カテゴリ:ひきこもり/オタクになりたい

正装:Tシャツ・Gパン・ビーチサンダル

好きな言葉:なるようになる/明日出来ることは明日やる

好きなもの:お茶(特に紅茶、玉露入り緑茶)/黒猫/透明な水/塩味めかぶ

座右の銘:どの道を選ぶかではなく選んだ道でどう生きるか

同居人:夫、過去の私のように完璧主義であたまカチカチ/優しい/アトピー

ゲームが好き

ゲーム好き主婦のブログイメージ

そこそこ語れる→ダーククロニクル/テイルズオブシリーズ/FFシリーズ/キングダムハーツ/モンスターハンター

好きだけど語れない→グランツーリスモ/ニードフォースピード/コールオブデューティー

テイルズ好きなおばちゃんがおすすめするFFランキング

キングダムハーツからテイルズを経てゲーム大好きに。

ゲームを始めたきっかけは引きこもって毎日布団から出られない私に「少しでも興味が出ることを」試行錯誤してくれたのがきっかけ

その時やったキングダムハーツというゲームの敵が、倒れると「バーンっ」と破裂してアイテムをまき散らすんですが、それがすっごく気持ちよくてストレス発散になりました。それに○ボタン連打とシンプルなのに作りこまれたストーリーと神ゲーと言われる素晴らしいシステムがいまだに「すごいな~」と思っています

そこからゲームは今でも大切なストレス発散法です

FF14オンラインには激はまり、依存症かってくらいやりました、しかし燃え尽き症候群で引退(気味)

関連>もはやストーリー忘れた…キングダムハーツ全シリーズ復習

好きな漫画とアニメ

ドラえもんイメージ

吉永の半分はドラえもんでできています

物心ついたときにはすでにドラえもんが好きで「当たり前の存在」に。

自分にとってこんなにもドラえもん(の映画)が大きな存在だったのかと気が付いたのは、声優が変わるときでした

あまりの衝撃に、テレビを見ながら号泣。

母を失うってこういう気持ちなんだと思ったのを今でも覚えています

(実際の母は失ていない)

その他には書き出せないけど、

タッチ/ワンピース/進撃の巨人/キャプテン翼/ハイキュー/こどものおもちゃ/星の瞳のシルエット(柊あおい全部)/NANA/パラダイスキス/ダイアのA

好きな本

好きな本イメージ

村上春樹(特に長編小説)/キノの旅/ハリーポッター/東野圭吾/すべてはFになるシリーズ(特に1巻)/疾走

ハリーポッター(中学生)

それまで、学校の強制読書週間に見栄の為に絵本のような薄い本を無理やり読んで数をこなして「できる子」演じていただけの学生の私が、本宅的に読書にはまったのがハリーポッター

当時中学1年生、文字通り寝る間を惜しんで読んで、そのまま授業中も読んでいました

キノの旅(高校生)

それから高校生になりキノの旅に出会い、ミニマパッカーのルーツと言っても過言ではなく後にバックパック旅行に旅立ったことへの影響も大きいと思います

村上春樹(20歳前後)

村上春樹はノルウェイの森から。

当時すでに外面と自分の殻両方のどっちつかずで閉じこもり始めていた私には主人公の気持ちや、村上春樹の文章にドはまり。

特に主人公が「空間を折りたたんで、それをまた折りたたんで、しまいには小さな空間にしてしまう」描写が、まさに私が日ごろやっていることで

それがこうやって文章として表現できる人がいると思っていなかったので一発でファンになりました。

そしてスポーツ心理学を学ぶはずが自分が病んでいきました

その後は読書時間の8割は村上春樹です。

アフターダークあたりから微妙なので昔のものを何度も読んでいます

電子書籍化したけど大切な本こそ紙で残す大きな理由

【本】村上春樹作品の初心者におすすめ長編小説ランキング

人生観

常に前向き!

向上心を持って!

目標を定めてそこに一直線!

今を頑張れない人に自由な未来はない!

有意義に過ごさない人生なんて生きているとは言えない!

人付き合いは大事!人脈こそが成功の秘訣!!

( ゚Д゚)?

そうやって頑張れる人はすごいなと素直に思います。

そういう方って、どんどん自分を売り込んで起業したり、

ビジネスで稼いで自由を手に入れて旅に出ていたりする。

すっごく憧れる。

だけど、私はそうじゃない。

人づきあいは苦手だし、できればひっそり暮らしたい

でもブログを書くことは心のデトックスなので続けたい

そして、私はどちらかと言えば行動力もあるし、意見もずばっといえる。。。。方。。。。?

だから自分にも何かをやり遂げることってできると思ってた。

それで、本当は怠け者でめんどくさがりで、「できない自分」を認められなくて、

「目標に向かって努力できない自分」が嫌で嫌で、

だけど、社会に出てみたら(出てないけど)「やりたくない」ことばかりでした。

というか社会に出たくない

「働きたくないからやらない」という選択肢は当時自分にはなくて、

「やりたくない事でもこなせる自分」がいると思ってた。

でもそんなものどこにもいなくて、

いつでも世間体を気にして、だけど甘えは悪だったし、

にっちもさっちもいかなくなって逃げ場も自分からつぶしていった。

自分がどうなりたいか。

もっと気楽に生きていたい。毎日小さな幸せを見つけて、それが一生続けばそれでいい。

自分ができる範囲で、笑っていられればそれでいい。

アメリカと東南アジア旅行にいってそう思いました。

「死にたい」

この言葉、グーグル検索で一日に25万検索されているらしいです

これ検索じゃなくて呟きですよね、それがこんな回数ってすごい

しかも日本だけです。このブログでは今のところあまり使わないようにしています。

使うと結構表現楽なのですが、書いていると私の脳みそが「私は死にたい」と勘違いするからですw

なので、プロフィールだけに書いておきます。

頑張って生きて?なんて私は言いません。

死ぬのはいつだってできる。死にたくなったらいつでも死ねる。

誰かのために生きなきゃとか、自殺なんて恩知らずだとか、そんなことどうだっていい。

「死んだと思えばなんでもできる」とかクソくらえです。それが出来ないから「死」を考えるんじゃないか。「死んだつもりで逃げ出せばいい」?なにそれ、逃げた罪悪感からどうやって逃げるんですか?

だから、もう追い詰められたら「死」しかない。

だから、「死にたいのに死ねなくて辛い」じゃなくて、嫌になったら死んじゃえばいいんだ。「私はいつでも死ねる」「勝手に死んでいく」そう思うとすごく楽になりました。

私には「頑張り(働くこと)」=「死んだほうがまし」くらい辛いことでした。

ただ一つ注意することは、死ぬなら確実に死ねる方法を探さないといけない

失敗して半身不随とかになったら恐ろしすぎる。自分ひとりじゃ逃げ出すこともできないから。

私を支えている言葉

  • 明日出来ることは明日やる
  • 頑張らないように努力する
  • なるようになる
  • ベンチでいびきかくほどリラックス(ケツメンサンバより)
  • 「大丈夫大丈夫」と声に出せば脳が「大丈夫」と判断する(≫(関連)自分を変えたい!が絶対叶う本1選)
  • 生きてるだけで丸儲け(明石家さんまさん)
  • 失ったものばかり数えるな!!お前にまだのこっておるものはなんじゃ!!(漫画ワンピース)
  • どの道を選ぶかではなく選んだ道でどう生きるか
  • 人生は死ぬまでのひつまぶし暇つぶし

 

人生の転機

ダメ人間のままな生き方に気が付くまでの軌跡

なんでも出来ると思ってた

学生という狭い世界では、自分はそこそこになんでもできていたので、このあとの人生もそこそこに何かになれると思ていました。

しかし、いざ目の前に将来の選択を迫られると、頭でっかちで完璧主義で、自意識過剰の社会不適合者で、「外で仕事」も嫌だし「朝起きて家事」もどっちもいやというわがままぶりでした。

社会に出れば出るほど、大人になればなるほど「完璧にできる」ことなんてなくなっていくのに、そんなことにも気が付かないで「完璧にできない自分」にいらだち、悪循環が止まりませんでした。

  • 「しなければならない」
  • 「すべき」
  • 「権利がない」
  • 「働かざる者食うべからず」
  • 「いい子にならなきゃ」
  • 「立派になれないなら生きてる価値ない」

それを信じて育ったので、いつの間にかどれもできていない自分になり、生きている価値がないと思いました。

この言葉たちを信じすぎて、何をやるにもプレシャーを感じ、逆に何もできなくなってパニックになって、

自分には関係ないと思っていた社会の癌(当時の表現です)一番なりたくなかった「親に甘えながらのニート」になっていました。

親に甘えるくらいならという私の行動は不発に終わり、今まで厳しかった両親がそこから親身になって支えてくれました。

そこでまた、今まで「親への不満」で保っていたバランスが崩れもっと悪循環は起きました。

親への感謝と恨み

その時は親の幸せというのを考えていませんでした。(今もわかっていませんが)

子どもが幸せそうに生きていること。それが一番だと今では思います。都合が良いかもしれないけど。

でも、どうしていいかわからなかった。

とにかく、今までさんざん押さえつけてきた親に助けてもらうことが悔しかったし、同時にこんな人間に育ってしまって申し訳なかった

でも、食事を作ってくれたり家に住まわせてくれることはありがたくて、甘えていました。

でも、どうにかしたかった。このまま「できない自分」にまとわりつかれて辛いのはいやだった。でも「ダメな自分」はどうにもならなかった。「ダメな自分のせい」で朝は起きられないし、ご飯も食べられない、親に感謝もできない、友達には会えない、生きている価値のない私を生かすために親のお金は減っていく。

そんなとき、幼馴染がアメリカに私を呼んでくれました。

全財産をもって逃げ出した

正直、飛行機落ちないかなと思っていました。

自分から命を投げ出したらみっともない。だけど。。。どこかでぽっきり終わりたかった

アメリカに行くなんて一人で生きてもいけない「ダメな自分」には贅沢で許されない事。そういった葛藤はありました。でも、結局は行ったんです。

そしてアメリカで、日本では絶対に感じられないことを沢山経験しました。

完璧にできなくったって自分は生きていていいし、甘えたっていい、生きる価値が自分にもあることを知りました。

私はたまたまアメリカでしたが、これは「初海外」という事に意味があったんだと思います

想像したこともないような「価値観」が右を向けば溢れ、左を向けば転がっていました。

無価値の自分に価値を与えてくれたのはこんなくだらないアメリカでの出来事だった

自分の中の常識が覆った瞬間

アメリカではほとんどが日本の方との出会いでした

アメリカで起業した方、同じ年の20歳ちょいのアメリカで研修している子たち。

そして、アメリカで働いているメキシコ人とアメリカ人のホストマザー達。

特に最初に驚いたのは同じ日本人なのに、考え方が大きくておおらかでポジティブで本当に驚きました。

簡単にいうと、「さすがアメリカ(海外)を選んだ日本人なだけあるな」です。

人と違うこと、人より劣っていること、何一つ気にせずそれを自分の、私の個性として受け入れてくれるところ。

「なんで働いていないことがそんない悪いことなの?誰のおかげだろうと生きているんだからそれでいいんじゃないの?」

そんな事を当然のように語り、実際にそういう生き方をしている人たちにも合わせてくれました。そしてそれについてアメリカでの子供の働き方の話や現地の友達の話などもしてもらいました。

そして、次に、私が一番コンプレックスに感じていた「働くこと」に関してでいた。

お酒を飲みながら働く

なんと、お酒を飲みながら働いていたんです。(バーとかではなく)法律とかわからないので詳しくは書きませんが。

それまで「完璧」しか考えてなかった私には驚愕の事実です。

もちろん地域や職種にもよりますが、その地域ではそうやって働いていても家族で生きていっているし、地域の社会が回っていました。

何も、働くってバリバリの超エリートキャリアウーマンにならなくたっていいんです。

そりゃアメリカの格差社会の底辺だったかもしれない、それでも日本では考えられない笑顔であふれていました

その日生きられたらそれで幸せなんです

人に甘えること

それからレディーファーストにもふれました。

それまで人に何かをやってもらうことは「悪」と育っていたので、人ってもう少し人に甘えてもいいんだって思いました。

誰かに扉を開けてもらったりゆずってもらったら「ごめんなさい!いえいえそんな申し訳ない!どうぞどうぞ!」ってやりあうより、素直に甘えて「ありがとう」とやったほうが譲った側も譲られた側も気持ちがいいという事をおしえてもらいました。

うまく甘えられないあなたへ、私がレディーファーストで学んだこと

ダメな人として生きればいいや

語りつくせないほどいろいろなことを経験して日本に帰ってきました。

もちろん、まだニートのままです。それなのに、「自分に価値がない」が100%頭を占めていたのが「たとえ価値がなくて生きていていいんだ」に変わっていました。

シンプルな思考

目的は何か、それだけを考える

この時は、「生き抜く事」

「罪悪感で何も出来ない」より、例えば親にお金を借りて、お金を貰ってでも迷惑をかけてでも「未来につながることをしたい」と考えるようになりました。

自分は何ができて何ができないのかわからなかったの短期派遣型バイトでいろいろやってみました。いやだったらちゃんと連絡してその日にやめてしまおう。迷惑だし社会人として最低でもいい。自分が前に進める可能性はそれしかないと思いました。

農家で住み込みをしたりもしました。そこでも都会と違った生き方があって驚きました。

そのあとは、「首になってもいい」「こんな私を雇った方が悪い」スタンスでフルタイムのアルバイトから探し始めました。

すると、ネガティブだったときは週3~OKなどのところでも落ちていたのに、さらっと受かりました。

しかもちょっと専門分野だった(未経験可)ので倍率もそこそこでした。

それもそのはず、今までは働かなきゃ、受からなきゃ、でも受かったら怖いとばかり思っていました。

働きたい意思なんかなかったんです。

今までより圧倒的に適当に仕事して、愛想笑いなんかしないで、出来ないことはできないと言って、休日出勤もしない!そうやって働いていても、月日がたてばバイトの中でも昇給と立場も偉くなっていきました。

やっぱりダメな自分はダメなんだ(再撃沈)

そうです、プレッシャーが大きくなっていき、「自分じゃないとだめ(と思い込んでる)」な仕事が増えていきました。

そこで、私は、以前だったら絶対にできなかったであろう方法を取りました。

しかも何度も。

それは、「当日欠勤」です。連絡だけはちゃんとするようにしました。この連絡が一番嫌なところだけど。。。

社会人として最悪かもしれません

社会人として最悪でも、人として生きていければいい。

もうあんな日々に戻りたくない。私が休んだくらいで世界は勝手に回っていく。

そうして、復活し、また当日欠勤し、というのをだましだまし過ごしました。

しかし、突然、ガラガラと音を立てて再び崩れていきました。

もう電車の中で、1人ポロポロと泣いてしまいました。

何がいやなのかよくわからない。

「今日会社に行きたくない」ではなくて「一生このまま、この生活が続くんだ」と思ったらもう恐怖しかありませんでした。

毎日朝起きて、なんとか一週間過ごして、金曜日から月曜日の心配してどこにも遊びに行けずに、眠れずに。

何度も罪悪感を感じながら当日欠勤したって全然楽にならないという事を感じてしまったんです。

生きるためには働かなければならない、でも働くために生きているの?

なんでみんな、いやいや言いながら働けるの?

私は「いつ」生きているんだろう?

しかもバイトでこれなんて正社員なんて無理だ。

もう無理だ、やっぱり無理なんだ。

もう大丈夫だと思ったのに、やっぱり無理なんだ。

生きるために無職へ

でも、私はもう「どん底」には行きませんでした。

なぜかというと、一度どん底を味わったときの日々を思い出したんです。

「あそこに再び行くなら、なんだってする、人に甘えようが、自分が死んでもいいからその前になんだってする」

そう思って、バックパック旅行を計画しました。

もうきれいごととか社会とかどうでもいい。

またここで踏ん張らなかったら、私は親に世話になりながら親を不幸にして自分も不幸になる

それだったら、親に甘えてると言われたって世話になったって、道楽娘よろしく何でもいいから自分は幸せになろうと思いました。

私は何が一番したかったか考えました。

「生きるためには仕事をしなければならない」から「今を生きるために仕事を辞めました」

余命宣告されたら何をするか考えました。

まずは仕事を辞めて、そして海外旅行をしたかった。

それもずっといってみたかった長期のバックパック旅行

リュックサック背負って、身一つでどこまでも行ってみたかった。

1人、誰に気を使わず、気の向くまま、自分の好きに生きたかった

疲れたらそこでやめちゃえばいい、だれにも文句は言われないし迷惑もかけない一人旅がしたい

馬鹿にされることがあったって、「しっかりした大人の対応」ができなくったって旅行中はそれでおわりだ

また会おうこともないだろう。

人付き合いになんのプレッサーも常識も考える必要はない

何か間違ったって「違う国の人だから」って思ってもらえる

こういう人なんだ、で終わってもう会うこともない

ただ、一つ問題があった。

私には当時付き合っている恋人がいた

あまり書かなかったけど私の一連のこれをすべてそばで支えてくれていた

いろいろあったけど、折角前を向いた私に喜んでいてくれてもいた

それでも、私はいかずにはいられなかった。

行かない事にはこの先、彼との未来も何もないとしか思えなかった

もう一度どん底になったら、未来も何も次はないと思った。

本当に自分勝手だとは思う

でも、わかっていたよという風に見送ってくれた

これは後悔はしていないけど未だに反省はしている

生きる意味とは生きていること

生きる意味とは生きていることそのもの、大した意味なんかない

東南アジアのバックパック旅行は、アメリカ以上に「生きること」を感じさせられました。

アメリカで、価値観ががらりと変わって、東南アジアではその価値観をもっともっと育て裏付ける言葉や出来事に沢山出会い、実際にこの身体で体験してきました。

あまりにも衝撃的で、いまだにバックパッカーの世界にとらわれています。

東南アジアでは、「社会人」とか「キャリア」とかそんな言葉みじんも感じませんでした。もちろんあるにはあります。

ちゃんと学んで都会に出て稼いで裕福な生活をしてる人にも出会いました。

私を勇気付けた出来事

しかし、私を勇気づけたのは、愛想笑いすら「いらっしゃいませ」すらない雑貨屋のおじちゃん、子どもしか働いていない料理屋や掃除のされていない宿。それでも家族楽しそうに笑ている姿。

自転車だろうとなんだろうと屋根に積みこむトラック(タクシー)

出発時間なんて到着時間なんて関係ないバス

お客さん載せて急いでるのに、途中困ってる道の人の自転車を無理やり積み込んで大幅に遅れるマイクロバス

容赦なく待たされ立たされるお客(私達)

道端で裸足でボロボロの洋服を着た子が、一緒に遊ぼうって寄ってくる様。子供は嫌いだったけど、それはちゃんと子育てしなきゃと思っていたからだったと気が付いたこと。

食べ物がなくたって、お金がなくたって、子供が生まれ育っている事実。

もちろん、いろいろな社会問題はある。

でも、「生きるって生きていること」それだけなんだって。

バスだって「運ぶだけ」それでいいんだって。快適が何なの?時間どおりが何なの?着きゃいいし運べりゃいい?そうだろ?と言わんばかりの運転手

それだけでいいんだって。

そう改めて感じました。

窮屈な世界

それから日本に帰ってきて、日本にいると東南アジアでの開放感とか得た勇気とかそういうことを忘れてしまう。

日本が悪いとかそういうことを言うほど世界をしらない。でも少なくとも育った国だ、やはり完璧を求められている気がして窮屈を感じてしまう

完璧に計算された営業方法と、「仕事ですから」が口癖の窓口のおねぇさん

綺麗に掃除されたオフィスで無料のお茶がでてくるショールーム

1分の遅延ですら真剣にあやまる駅員さん、文句を言う乗客

24時間営業のスーパーやコンビニ

アルバイトだからって許されないちょっとしたダラケ

幸せは見つけるものじゃない

それでも、少数派だとしても、非常識だと言われようとも、私は、アメリカ旅行とバックパッカーで感じたように、自分なりの幸せを追い求めてもっとズボラでもっと気楽に、身軽に生きていこうと、頑張らないように頑張っていきていこうしています

そして、今では別の人と結婚もし幸せです。結婚が幸せなんて信じられなかった。

お金は正直平均よりないけど幸せ

それは小さな幸せの感じ方を知ったから

そしておもしろいことに、夫はすっごい完璧主義でネガティブ、過去の自分まるまるです。

そこにたまに焦りや、やりきれなさを感じるけど、私が学んだこのことを徐々に伝わるように生活しています。

夫自身、自分でもポジティブになってきていることがわかる様で、幸せです。

でも私のあえての非常識な行動がどこから来てるのかは知らずに、本質的なものだと思っているので責められた時は撃沈しますがw

幸せになっていい権利なんか自分にはないと思っていたあのころ。

あのころから考え方が変わっただけで、朝起きるのが嫌いで起きられないし、仕事したくなくて無職のままグズる。そんなことは何一つ変わっていません。

でも、一人で生きる財力があれば幸せなのかもとか、「何をどうしたら幸せになれるのか」を考えていたころと違って、今は小さな幸せを見つけられるようになりました。

夜更かししてポテトチップス食べながらゲームができる日、幸せだな~って。

幸せは未来にはない、小さな幸せの見つけ方

だから、

同じように生きることが窮屈な人へ、「こんなダメ人間でも幸せそうにいきてらぁ」と思っていただきたいと思ってブログを書いています。「自分探しの旅」自体はあるというわけではないですが、息詰まったら海外旅行をおすすめします。何も変わらなければそれでいいし、変わればラッキーです。お金は増えるけど、時間は増やせません。ケチな私でさえそう思います。かといって焦ることはないです。「いつか」はちゃんときます、でも来ることを期待しないほうがいいけど、それでも、いつかやりたいことをやってみてください。

人生脱落のまま?ネガティブバックパッカーして変わった事

逆に、私よりももっとダメ人間のあなた、是非見習わせてください。

他のサイト様のように、いつでも旅行に行ける状況ではないけれど、自分の選んだ道で楽しく前向きに自分らしい元バックパッカー主婦のミニマム思考気楽な生き方ブログを作っていきたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

最後に

ここまでこんな長くて自己主張の塊を読んでいただきありがとうございます

これからもズボラ人生を適当にデザインしていく所存でございますのでよろしければまた遊びに来てくださいな

うつ病汚部屋住人がミニマリストになった理由

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