みんな違ってみんないい。幼稚園で「こんなの初めてです!」と言われた話

こんばんにちは、ドケチミニマパッカーのビーチサンダル吉永です

幼稚園のイベントに行ってきて、ソワソワしながらも子供のやりたいようにさせたら先生に驚かれた話なのですが

あなたならどうしますか?

その日は粘土遊びの日でした

はじまりはじまり~

見本がある作品はどうする!?

まぁもったいぶっても大した話じゃないのでさくっと紹介しますが!

粘土遊びで見本があって、それ通りに作るために親が手を出すか出さないか!

って感じの話なんですよ

で、私は子供が「自分でやりたい」と言って、貸してくれなかったから手を出さなかったら

見本と違うものが出来上がったわけです

 

 

と言っても、最終目的の「手形エンブレムを作る」みたいなのは守ったのですが…

手形を押すとか

リボンを付けるとか

この二つは口出ししたんですけどね

 

出来れば何も口出したくなかったけど…

 

見本に近づけるにはポイントがあって

  • 絵の具と紙粘土を完全に混ぜる(均一な色にする)
  • 丸型
  • 真ん中に手形
  • 周りにビーズ

 

があります

うちは、絵の具はうまく混ざらなくてまだら模様、丸くない、手形は何とか押した(見えないけど)、ビーズは好きなところ。

 

で、今までこういう作品を作った親子はいないと言われて

「へーそうなんだ」

「でしょうね」

と両方の感想が私の心の中に出てきたんです

 

ここで「日本は」って言い出すと表現しやすいんだけど

日本だからなのかわからないので、使わないけど(使ってるじゃん(笑))

 

見本があったらやっぱりそれ通りに寄せようとするのが、親(大人)なんじゃないかなと思う自分の感想が「でしょうね」でした

 

なんでこんなしょうもない話をわざわざブログで?

と思われるかもしれませんが

狭い世界で生きてきた私には結構衝撃で

 

何を隠そう

 

見本通り(マイクで支持される通り)にできなくて

 

めちゃくちゃソワソワしたんですよ!小心者なのでね!私が!!!!(笑)

 

でも、うつ病→バックパッカー→ブログで向き合い

=ミニマパッカー

とつづけてきた私は成長したのである!!

 

本心はソワソワしてる中で

「いやいや、これ子供主体のイベントだからね?子供に全部やらせて何が悪いの?」

→うん悪くないよね

 

「色がまだら模様でなんで悪いの?」

→この子の作品なんだから何でもいいよね

 

「大丈夫大丈夫、見本通りにできないからって怒られるようなものじゃない」

→うん、そうだよね、怒られる理由はないよね

 

「別に、課題じゃあるまいし」

 

とね、冷静になれる自分がいたんですよ!!

いやー拍手!!!!

 

ソワソワしていたもんでね

実は周りを観察していたんです

 

そしたらやっぱり

みんな親がほとんどの行程、手を出すどころか、作ってました

 

私も含め、多くの人は

見本があれば

それ通りに作ることを目的としてしまうんですよね

(親が子供にプレゼントするイベントならまだしも…?)

そして私の場合もっと言うと、見本がないと何もできない

 

でも、これは子供が粘土遊びを体験するイベントです

 

まぁそこまで考えを巡らせて

で、その時は、子供に全部やらせた私偉いがんばった!

って思ってたんですよ

先生にも「一人でここまで作れてすごい」と褒められたし。

でも、帰ってきて、杓子定規な自分が表れてですね

 

「でもこういうのって、足並みそろえる練習なの?」

「というか、足並みってそろえる必要あるの?」

「日本で育っていくならやっぱ必要なのかな…」

とか

「出された課題をこなす練習なの?」

とかね

思っちゃうわけですよ

 

でもモンテッソーリ教育とか言う、Appleのスティーブ・ジョブズとか、将棋の藤井聡太さんとか、マイクロソフト作った人とかが受けてきた教育では、子供に自由にやらせるのはいいことだっていうんらしいんですよ(詳しくはなんかちゃんとあるらしいけど、しらん(笑))

詳しく知らんけど、都合のいいところだけ切り取って取り入れてますけど(笑)(笑)

 

たとえば将来、「(Aちゃんのお見舞いのために)千羽鶴をみんなで作りましょう」

って時に、一人協力しないで飛行機を作っているような子になったらそりゃ、2020年現在の日本社会で会社員として働くにしてはその子にとって生きづらい世の中だと思いますよ

 

千羽鶴を作ってる時に、飛行機を作る子が一概に悪いとは思わないけど

ほら、最近では発達障害とかのこでも長所を生かして

みたいな意識になってきてるしね

でもやっぱり、「生きづらさ」みたいな話になってくると、

周りに合わせられ無すぎるのは、辛くなると思う

 

そして、周りに合わせられない子が

そんなのへでもないくらい大成(大成功)するには、周りや環境、自分の努力にも恵まれないといけない

それってやっぱり難しい(だからって右に倣えの子になってほしいわけじゃないけど(笑))

 

何の話だっけ?

 

そういうことを考えると

感じたこと

今回の幼稚園のイベントで周りをみてもやっぱり、右にならえ、周りに合わせろという社会が出来上がるのもわかるな~感じた経験でした

 

私の答えと学び

なのでね、私が出した答えは、

将来のために足並みそろえるのが必要なのか知らんけど

それは今じゃなくてもいいし、この粘土遊びじゃなくていい

自分で考えて好きになった欲しい

ってことですね

 

で、何を学んだかと言うと

多くの大人が見本通りにこなそうとするけど、一歩ひいて冷静になりたいな

と感じた経験でした

 

※この場合は、見本通りにやらなくたっていい事なんだから、気を揉まないで子供にのびのび好きにさせよう!ってことでした