元引きこもりの私が殺人犯にならずに済んだ理由|自分の息子を殺した元農林水産次官と川崎市殺傷事件の「一人で死ねと言わないで」で感じたこと

先日書いた、この「買い物カートに子供が立ってしまうくらい良いじゃない」や、このブログの「楽な生き方」は「川崎の犯人を作ります」と言われる類いの物かもしれません

でも私は、川崎の事件の犯人の“生い立ち”部分を新たに報道で見て「私の子育てモットーは間違ってなかった」と思いました

そのことについては、また別記事(下にちょっと)書きますが

今日は、その中で、いまさらですが、数日前に話題になったらしい話から。

それは、川崎の“20人刺して自分を自殺した犯人”にみんなが「しぬなら一人で死ね」と言っているのを見て、

一般人(有識者)が「一人で死ねと言わないで」という意見を出したら

かなり批判されたらしく

でも、その後、さんじゃぽの生放送で、爆笑問題の太田さんが、

「一人で死ねと言わないで」の意見に近い、ご自身が死にたいほどつらかった時代の実体験と共に語ったのが、かなりの“良い”反響を得たらしいです

一般人では批判されたのに…って意見もちらほらみかけました

以上の話を踏まえて私の考えを書きます。

この流れを知らない方はこちら二つがそれです。

川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい

爆笑問題太田さんの思い

私の思い?

一方、他の芸能人たちは「しぬなら一人で死ね」といっているらしく

私もそう思います

だけど、犯人みたいになっていたかもしれな私が思うのは、

もうさんざんネットでも議論されてると思うけど

太田さんの記事内でもテリー伊藤さんが言ってるんだけど

「こういうときにじゃぁどうしたら、よい世の中になるのか」

を考えることをあまりしない人が多いんじゃないかっていってました

一人で死ねで片付けるんじゃなくて

どうしたらこういう人が生まれないのか

それをこれからの世界のために考えたほうがいいのでは?

と。

これは、私も思います

犯人を救う支援がとかいうけど、ここまで実行してしまうほど追い込まれては救う方法はない気がする。

誰が悪いとかじゃなくて。

なんか、自分の息子も殺人犯になるかもって農林水産なんちゃらのかたが息子を刺したらしいけど、

一人で死ねという発言をして(私も含め)そのまま終わる世の中は、こういう自分の子育ての結果追い込まれる人も作り出すんだなと思った

私の親は、私がどんだけ世間から見たら死んだほうがマシな人間でも、受け入れてくれたけど、

私が親だったらこの農林水産省の方みたいに子供を刺すかもしれない

それも自分の子育ての失敗を受け入れられないという理由で。

話が脱線したけど、

世の中に文句言うならもちろん、じゃぁおまえがこうどうしろよって話になるんだけど

実際問題、それって難しい…

だけど、ぱっと蓋をするんじゃなくて、いい面を見ることができるようになるだけで

私の場合は身近な人だけでも、前向きになったりできるかもしれない

もちろん、きれいごとかもしれない

私もそうかもしれないけど

少なくても、私自身は今、出来なことに目を向けるんじゃなくて、じゃぁどうしたらそれでも自分は生きていけるのかを考えるようにしています

その一環が、このブログです

そして、今回の件でこのブログと関係して思ったことは

私はこのブログで、他人に少しくらい迷惑かけてでも自分が笑っていられる選択をして

子供にイライラを当たってしまっても、自分が笑っていることが

一番家族が幸せになれて、子供が「普通」レベルに育つことだと自分の中で結論付けてます

そして、今回の犯人は の生い立ちは

川崎殺傷事件の犯人の生い立ち

実親の離婚

までがふつうだけど

どちらの親にも引き取ってもらえなかった

それもまだ普通

そして引き取られた先の叔父叔母の家で

いとこと差別され続けたそうです

犯人はひきこもりだとか、いろいろ批判されてますが

私もひきこもりだったしニートでした

だけど私が、殺人犯にならなかったのは

私自身は親を嫌っていた時期もあったけど

親はわたしを愛してくれていたことだと思います

愛は地球なんか救わないけど

だけど、 やっぱりあるのとないのではどこか違うのではないかと思います

だから、このブログ(生きてるだけで偉いと伝えたい、他人に迷惑(危害ではない)をかけても生きていいというのだって

川崎の様な犯人を産むとは思いません

ずっと別記事でちゃんと書きたかったんだけど

私をすくったネガティブな名言集みたいな本があって

その中に

日本は「人に迷惑をかけるな」と教わるが

インドでは「人は生きてるだけで迷惑をかける、だから人に感謝しよう」と教わるそうです

人に迷惑をかけるくらいなら死んだほうがマシだと悩むあなたには救いになるといいなと思う

こんな自分が母親じゃ子供のしつけが心配と思った時に思い出す「私が母親に望んでたのはたった一つの事だった」

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