断食自殺で世に反抗できるのか「死にたい老人」感想-木谷恭介

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日本の社会に絶望し、断食自○を図った(そして失敗中)ご老人の本の感想です。

長寿国であり自サ、ツ、大国日本、命について見過ごせない問題だと私も思う内容が沢山ありました。

好きに死ぬことも許されない、不自然な生き方を強制してるくせに社会行政難。男おひとり様に絶望した筆者の反社会的、アホ挑戦の読書感想文。現代にシンプルに生きることのむずかしさを改めて感じました。

地球温暖化は人類にとっては危機だろうが、地球にとっては、なんでもないことなのだ。
人類がセオリーを無視して、自分たちだけ特別だとしてきたツケが、ここに来てようやく支払えなくなろうとしている。
人間の寿命も、そういう角度から見直さなければいけないだけのとこではないか。
引用:死にたい老人P126

 

 

こんばんにちは、ミニマパッカーのすっぴんです。旧ブログにて2016-04-29に書いた記事を移動してきました

人生の終わらせ方、終活の自由

自然の摂理や身辺整理、生き方死に方について興味があったりしません?
私は一度死に際を通り過ぎた感じがあって、それじゃいつどう終わるのか、考えたりします。

この作家さんは、80歳になり孤独死に怯えた後、生に執着することをやめた途端、楽になったというお話。

ん?まぁそんな真面目な感想じゃなくて、
男おひとり様」のこれからの人生に絶望した「命を懸けたアホ」を楽しむ本らしいですw

死にたい老人あらすじ

「もう十分生きた、これ以上生きていても息子夫婦に迷惑もかけるし、年金や老人問題でのたうちまわっている国のあり方に疑問をもった」事から始まる、

  • “理性的自サ、ツ、断食安楽死”を計画し実行
  • 実行中に起きた、3.11、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震
  • そこでまた浮き上がる社会への疑問
  • 思い出される戦争の話
  • 戦前、戦中、戦後。現代の子供、
  • 社会の不自然さ

死に執着した小説家が、52日間の断食を実行するも自死に失敗した、異常な記録

引用:死にたい老人 裏表紙より

断食の記録は何章?

本の初めに書いてありますが、断食の経過話は第一章と第四章がメインでその他の章は人生での経験や社会不満など、なぜこんなことを実行したのか表す内容でした。

ここを読むと意気込みが感じられるし、かなりおすすめな章でした。

死にたい老人総評

とても面白かったです。

テレビも新聞も読まない私(常識がない)ですが、社会問題の違和感については同感な内容。
共感できる事がたくさんあり、ブクログの引用メモが大変な量になりました。笑

「社会問題の章」興味ないと思っていたけど…

読む前は、社会のことは興味ないしなぁと思っていましたが、ちゃんと章順に読んでいくと、「今の日本の社会の不自然さや自分とは合わない不一致感など」私も感じていたことがコミカルに表現されていて、一気にファンになってしまった。

全体的には文章の書き方もあり、結構ギャグ的要素満載で読んでいて重たくもなく楽しめました。親族だったら大変だろうけどw

ヒ○ポンの話も面白かったな。

オイオイもういいよ。と思ったりもしましたが最後にはまたちゃんとまとまった感じで。

生きたい人がいる中「死の無駄遣いをする老人」

孤独死が増える一方筆者の計画は続く。そんな中

理性的に自殺はできないと知ったり

自分の自覚として「3.11でたくさんの人がなくなっていく中、死の無駄遣いをしている老人がいる」と皮肉っぽいのも面白かった。

きれいごとなんかいいから、自分のやりたいことをしたい。そう思う。

楽な「安楽シ」はない

そして改めて思ったのは、楽な「安楽シ」ってやっぱりないんだなということ。

それから文体と、言いたい事を書き散らかしている感じが読み物として面白かった。

アホな意気込みも感じられたので好きな作品です。

まぁでも、身近にいたら「なにめんどくさいことしてんだろ」と思ったかも。そう思わせるのも社会のルールがあるからですが。

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一人で勝手に死に向かう実験すら自由にできない社会

計画の邪魔をする『保護責任者遺棄致死』とは

最初に印象に残ったのはこの法律に関してでした。一瞬の自殺と違って、途中で誰かを巻き込んでしまうかもしれないこれ。

本文の説明では確かこんな感じ。

「海で入水自殺してる人がいるところにたまたま通りかかったら、止めないと罪になるとこもある」というやつです。

子供を待つ親とかならまだわかりますが、お医者様とか、郵便屋さんとか、近所の人にまで及ぶことをあるらしいです。

正直

「は?」

という気分です。知ってはいましたが。やはり、は?という気分。

ルールで人は救えない

何でもかんでもシステム化して、がんじがらめにされるこの世の中、もっとシンプルじゃだめなの?と思うと同時に「もうここまできたら社会全体でシンプル」なんてできないんだろうなという実感しました。

正直、私は「なんで生きる気力のない人を無理やり生かさなきゃいけないの?」と思います。

死にたいって思うことはあっても「死を実行する」って相当ですよ。

個人的な努力でその人を救えたとしても、法律なんかで救えたりしないですよ。

不自然な生かされ方

“自然に逆らって”まで”.強制”させられている世界のルールが、私は苦手です。
正解とか常識と、自分が実践できているかとかそういう細かいことを言われると反論は出来ないが、素直に気持ちを書くとすれば、あらゆるルールが苦手です。

命の話を例に出すとするならば
自、サ、ツ、未遂の常習者を費用支払いの見込みもなく助けたりとかそういう矛盾した常識。

もちろん出来事に関わった通報者や医者が悪いとかそういう問題でもなく。

本書の中でも似たような事を書かれていました。

「老人にボケたらしねとは言えないが、
88歳の老婆が12時間の大手術。日向ぼっこをするための大手術だったのだろうか。」

というような内容。

文句を言いつつも現代人の私

それから、私は賞味期限はいらないとか、お店で食べ物を廃棄するくらいなら割引やタダで配ればいい、誓約書付きでもいいから配ればいいのにと思っています。

しかし、それと同時に実際は、野菜のヘタは捨てるし、使いきれなくて腐らせることもあります。

何を言おうが、何を考えようが、私は恵まれたこの現代に産まれ、この現代にぴったりと馴染んでいる現代人なことに変わりはないと改めて思い知らされます。

言い訳

やろうと思えば、曲がりなりにも24時間で電子機器であふれる便利な社会から抗うことはできる。だけど、そこまでしたいとは思わないんでしょうね私。。。今の生活を維持した上で、ネイチャー思考を掲げたいだけ。

まぁ、グダクダいってもそんな自分で生きていこうと思います。

火事場泥棒が目立たない日本/海外旅行者の意見と、筆者の意見

そうそう、東日本大震災の時私はフィリピン留学中でした。ちょっと疎外感を感じていました。
その時、日本人留学生はちょっと特別でした。

褒められたと嬉しかった私

日本人は強いね、偉いね。というようなことをたくさん言われました。
それはそのあとのバックパック旅行でもそうで、どこに行ってもその話題で話しかけられました。

あれだけのことが起きてるのに冷静な日本人と見えたみたいで、暴動や火事場泥棒がまったく目立ってない、どうしてなのか?と聞かれたり。正直、普通に誇らしかった。

 

否定的な筆者の意見

そのことについても作者が触れていました。否定的な意見で、そこも面白かった。
私も大人しさは良い所かなと思っていたけど、まぁいわれてみれば「そういう日本人の主張のないところがこういう社会を作ってる」ともいえるのか~と。まぁやっぱりどうでもいいことだけど。笑 

早々これを読んで、無職になったら体質改善のプチ断食してみたいなと思ってたんだった。
準備しようかな。

おわり

 

▼この記事の本はこちら

死にたい老人 (幻冬舎新書) :著者木谷 恭介

 

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