すっぴんぶろぐ

「元うつ職歴なしでも歩めた人生」と「ドケチミニマリスト女が選んだ物達」垂れ流し

子供苦手が子供を産んだ私の理由

calendar

reload

子供が苦手だった私がどうして子供を持つことにしたのか、どうして持ちたいと思ったのか、その事について記録しておきたいと思います。

金銭などではなく子供に対する気持ちによってどうしたらいいか悩んでいる方の参考になればと思います

スポンサーリンク

子供は作らないと言って結婚

私は、お金の心配もあったし、

【東京】手取り月20万の幸せ家族計画予算・車持ち

そんなに子供が好きでもなく、子供を持つ責任なんて負いたくなかった

自分の遺伝子を残したいとは到底思えなかったので子供は欲しくないと、最初に宣言しておきました

子供嫌いが妊娠して思った事

夫は、お金の心配が大きく、「お互いに持つ余裕が出来たら欲しいけど、絶対に欲しいわけじゃない」

という合意のもと結婚しました

しかし、ちょっと引っかかってたのは子供が欲しい人なんだなという事

付き合う前の感じでは勝手に子供は欲しくない人だと思ってたのです

はっきりとは言わなかったけど、持つ余裕があれば欲しいという事だし、ちょっと心配ではありました

 

子供が欲しいと思った出来事

そんな風にして結婚して2年

最初は夫婦感の小さなイザコザなんかもあってイライラしてたけど、ある日考えを変えたら夫も急に優しく?なってウマが合うように

柄にもなく、わかりやすく言えば超ラブラブに(汗)

私なら絶対に読まないであろう雑誌の「私の自慢の旦那様エピソード」なんかに投稿したくなるような感じに

 

知り合いに赤ちゃんが産まれた

そうこうしているうちに、夫の知り合いに赤ちゃんが産まれた

その知り合いの子を抱っこする夫の姿

夫に懐いているその子

それを何度か見たときに、

「あーこの人をお父さんにしてあげたいなぁ、お父さんになってるところ見たいなぁ、その子じゃなくて私の子を抱いてそんな表情をして欲しいなぁ」

と感じました

まぁ、嫉妬だわな

 

親のため、夫のため

いや、自分の為だよねきっと

だけど、正直、無責任かもしれないけど、夫と親の喜ぶ顔が見たくて子供が欲しいと思った

新しい命がどうのとか、この素晴らしき世界を教えたいとかそういうのはない

親は子供が大好きで、子供が欲しくないとは言い出せずにいた

最初はこうやって言い訳してたけど、私も30歳、いざ欲しくなってから焦りだした

だけど、子供が欲しいと夫に伝えた時は、夫は戸惑いつつも喜んでいた

しかし、気まぐれで堅実な夫はたまにお金のことで子供の話を無しにしようとしたり、先に進まなかったり、子作りより他のことを優先すると私はイライラしたりした

夫より私の方が子供が欲しい気持ちが強くなっていた

だけど、やっぱり、悪い意味で、私は人のため、人の後押しがないと子供を持とうとは思えなかったと思う

たとえば、反対されていたら1人でも産みたい!とかは思わない気がする

もちろん、夫が事故で亡くなったりとかした時は1人で育てる覚悟は必要

 

子供苦手の嫉妬から

と言うことで、きっかけは嫉妬でしたね

あとは、だんだん夫と家族になった事に慣れてきて幸せを感じてきて、この人ともっと家族になりたい、子供がいたり普通の家族になってみたい

産むなら早い方がいい、迷ってる時間はない

と言う感じでした

 

虐待も視野のうち

それから、子供が嫌いで欲しくないと思っていた頃より、何事に対する気待ちの持ち方が、「なるようになる」に変わっていたことも大きいですね

子供に対する責任とか、そんなの考えたって未来のことはわからない

「私は子供が大好きだから絶対に見捨てるようなことは起きない!」なんて言ってる人が虐待だってあるだろうし

むしろ私の場合そういう硬い考えがストレスになり最悪の結果を招く

児童相談所にあずける事になろうと、養子に出す事になろうと、それはそれ

そうやって逃げ道を作っておかないと子育ては大変みたいだし

もちろん、そうするつもりはないけれど

という感じ

あまり参考にならないかなー

だけど、ここまで読んでくれてありがとうでした

子供嫌いが妊娠して思った事・子供はちゃんと愛おしい?

この記事をシェアする

コメント

コメントはありません。

down コメントを残す




プロフィール

吉永

吉永

夫の手取り17万東京23区の子持ち専業主婦

めんどくさい節約はしないドケチ
特技は逃げること

就職活動から逃走
失敗が怖い完璧主義でうつ病とニートに

退学してなんとか始めたバイトの帰りに京都へ逃走

「飛行機落ちろ」と100Lの大きなドラムバック抱えて親のお金でアメリカへ逃走

生きる価値のあるニートになって帰国

ドラムバック一つのまま日本のゲストハウスで生活

ドラムバックの中身から必要なものだけ引き抜いて栃木の農園に、逃...いや、住み込み

結婚観変わったり
山あり谷ありして、やっぱり谷で

装備をドラムバッグから少し小さくなったリュックサックに持ち替えて、東南アジアへ、やっぱり逃走

人生変わって帰国

リュックサック一つの身軽な生活にはまって床で食事したりしてたらいつのまにか結婚したりして

結局、現在
適当ミニマパッカー主婦へ退化し幸せに暮らしている猫と周りが見えてないオタクが好きな30代

ビーチサンダルでフレンチに行っちゃうような人生を歩みたい


●「しなければならない」が口癖から「なるようになる」へ [詳細]